【必読】物語執筆の背景やコンセプトは👇から

【第3話】💔 2003年ワーホリの国際電話事情:コーリングカードと遠距離恋愛の不安
序章:シドニー語学学校の卒業ラッシュと、出会いと別れの連続
シドニー生活が2ヶ月目に入ると、環境は安定したものの、感情は揺さぶられる日々が続きました。ワーホリの青春とは、新しい出会いの喜びと、突然訪れる「別れ」の寂しさがセットになっているからです。
毎週金曜日、学校では誰かが卒業していきます。
「毎週誰かが卒業していく。今日はナオコ(仮名)が出ていった。(中略)涙ぐむ姿を見て、俺ももらいそうになった。」
(2003年6月20日の日記より抜粋)
別れは常に切なく、そして唐突でした。友人たちの旅立ちを見送るたび、自分のシドニー滞在にもカウントダウンが始まっていることを意識せざるを得ませんでした。

📞 遠距離恋愛の葛藤:コーリングカード頼みの国際電話でしか伝えられないこと
この時期、私にとって大きな心の支えであり、同時に悩みでもあったのが、日本に残してきた恋人「まゆ(仮名)」との関係でした。
1.通信手段の工夫
今はLINEでいつでも会話できますが、当時は安いコーリングカードを買って、公衆電話を探して、国際電話をすることが楽しみの一つでした。私はQVB(クイーン・ヴィクトリア・ビルディング)のような屋内や、道端にある公衆電話を使って、コーリングカードカードを握りしめながら電話をかけていました。
「毎週この時間(水曜4〜6時)はお互いに時間がとりやすいので、電話の日と決めた。」
(2003年6月25日の日記より抜粋)
限られた時間でしか話せないからこそ、コーリングカードカードの残高と、日本との時差を気にしながらかける電話の日は、特別なイベントでした。(ちなみにコーリングカードは👇を使っていました)

OZcall
Cheap Calls to Burundi, Zambia, Nigeria, South Africa – Africa Talkwww.cardcall.com.au
LIME
Aussie Phone CardsGet your Australian phone card and call any country for justwww.aussiephonecards.com.au
2.不安な「リアクション」
しかし、距離は不安を生みます。
「最近、喜びのリアクションが少ない気がする。冷たいわけではないが、どうも腑に落ちない。悪いことの前兆でなければいいが…切ない。」
(2003年6月20日の日記より抜粋)
たった数分の会話や短いメールの文面から、相手の気持ちを推測しなければならない。当時の遠距離恋愛には、今の私たちには想像できないほどの「勘違い」と「焦燥感」がつきまとっていました。
不安に駆られた私を救ったのも、まゆからの温かい言葉でした。電話で話すうちに「俺の考えすぎだったように思う」と安堵し、また頑張ろうと思えたのです。

💡 未来への意識:スシスマでのバイト経験と、ワーホリ仲間との熱い起業・経営談義
別れが加速する一方、仲間たちとの議論は深まり、未来への意識が高まっていきました。
1.バイトでの成長と大将への感謝
バイト先(スシスマ)では、洗い場など様々な仕事を経験しました。忙しい日々に疲れ果てながらも、「様々な仕事を経験することで視野が広がった気がする」と感じています。
そして、ある日、嬉しい事実を知ります。
「前回のカラオケ代・飲み代は、行っていない大将が全部出してくれたらしい。さりげなくそういうことができるのは本当にかっこいい。感謝。」
(2003年7月3日の日記より抜粋)
単なる労働環境としてだけでなく、優しく面倒見の良い大将の存在が、当時の私にとって大きな「かっこいい大人」のロールモデルとなったのです。
2.ユッキー(仮名)との熱い経営談義
週末のツアーでは、ユッキーと延々と「将来の経営」について語り合った日がありました。
「本格的に勉強をして、将来は起業したいと思った。(中略)一度きりの人生だ。悔いのないようにしたい。」
(2003年7月13日の日記より抜粋)
異国の地で語り合った、具体的なビジネスプランや夢。それは、単なる遊び仲間ではなく、人生の目標を共有する仲間と出会えた貴重な経験でした。
🗺️ 大陸横断へのカウントダウン:寝袋探しとフリマ掲示板での情報収集
卒業が近づくにつれ、シドニーを離れてオーストラリアをラウンドする旅立ちへの準備が本格化します。
1.旅の命綱「寝袋」探し
オーストラリアをラウンドする上で必須となるのが寝袋です。旅行用品店を回りましたが、どれも高価で手が出ません。
「寝袋を探した。(中略)やはり中古で探すしかないようだ。掲示板に1度掲載してみよう。」
(2003年7月15日の日記より抜粋)
当時のシドニーでは、今で言うフリマアプリのようなものではなく、留学生向けの情報掲示板に頼って、中古の道具や情報をやり取りするのが主流でした。リアルな掲示板で、既にラウンドを終えた人などが不要になったアイテムを紙で告知し、そこに書いてある連絡先に電話するという流れでした。(現物は見てみるまでわからない)
2.最後の観光と別れ
急な帰国が決まった友人とのラーメン屋「一番星」👇での別れを経験したり、
ポートスティーブンスへのツアー参加や、美術展鑑賞など、シドニーでの「やり残し」を片付け始めていました。
学校生活や、仲間との別れが進むにつれて、私の意識は「次のステージ」へと向かっていったのです。
一番星

➡️ Next:青春を賭けた物語は、次の試練へ
旅立ちの準備は整いつつあります。しかし、シドニーを離れる前に、自分自身を試す最後の挑戦が待っていました。
次回は、シドニー生活の集大成。「達成感」と「決意」に満ちた最後の2週間です。
・極寒のブルーマウンテンで味わった、旅の厳しさ。
・6万人参加の祭典「City to Surf 14km」を完走。
・そして、卒業式で語った感動のスピーチ。
次回:【第4話】ブルーマウンテンの雪と14kmマラソン:2003年シドニーでの旅立ち準備
お読みいただきありがとうございました。
この「青春を賭けた大陸横断」の全物語は、こちらの連載全目次からお楽しみいただけます。


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