【第5話】【2003年ワーホリ回顧録】青春を賭けた大陸横断と人生の答え

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シドニーを出て間もない、コフスハーバーでの一コマ。旅の厳しさと荒野の孤独、そしてその先に広がる期待が、このドラマチックな空模様にすべて凝縮されていました。

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【第5話】🛫 コヨーテ・アグリーと「隠されたバッパー」:孤独なラウンドの始まり

序章:6人の友人との切ない別れ

2003年8月11日。シドニーのセントラル駅。

3ヶ月間のシドニー生活に終止符を打ち、いよいよオーストラリア東海岸を北上する孤独なラウンドの旅が始まりました。2003年のニューカッスルでの洗礼、そしてバイロンベイバッパーで経験した刺激的な出会いを振り返ります。

出発直前、ユッキー(仮名)やジュン(仮名)をはじめ、6人の友人が見送りに来てくれました。ヒーターで乾かしきれなかった洗濯物を抱えて駆けつけた私を、みんな笑顔で迎えてくれました。

「俺のシドニーでの生活はすごく有意義で、良き友人に巡り会えたことに感謝した。」

(2003年8月11日の日記より抜粋)

彼らとの再会を誓い、バスに乗り込みます。窓の外を流れる景色を眺めていると、急に「いよいよ俺も出発するんだ」という実感が湧き、とても寂しくなりました。

その時、バスで流れていたのは映画『コヨーテ・アグリー』。夢を追う女性の物語を見ながら、私の人生の新しいステージが始まったことを強く意識した瞬間でした。

見送りに来てくれた6人の友人たち

🏕️ ラウンド初日の最初の難所:夜のニューカッスルと旅の洗礼

シドニーからバスに揺られ、最初の目的地ニューカッスルに到着したのは夜9時。

バスを降りて、私はシドニーとの大きなギャップに直面します。

「一応町ではあるものの、9時だというのに辺りは人の気配が全くなかった。」

(2003年8月11日の日記より抜粋)

賑やかな大都会から一転、人の気配のない静寂な街。サイドバッグの『地球の歩き方』を頼りにYHA(ユースホステル)まで歩きます。予約はしていたものの、スタッフが不在でディスカウントチケットも買えない。旅は、常に計画通りには進まないことを初日から思い知らされます。

翌朝、旅の小さな喜びがありました。

「朝8時に起きて風呂に入り、飯を食った。初めてうまく飯が炊けた。」

(2003年8月12日の日記より抜粋)

自炊で初めて完璧に炊けたご飯。こんな小さな成功が、旅先での大きな自信につながるのです。

その後、観光案内所で地図を手に入れたところ、シドニーで寝袋を譲ってもらった日本人の方と偶然再会します。オーストラリア大陸の広大さとは裏腹に、旅人の世界は想像以上に狭いのかもしれません。

シドニーとは一転、のどかな街並み

🚴 ポートマッコーリーの体力限界:オーストラリア自転車旅行は無理だと悟った日

ニューカッスルを後にし、ポートマッコーリーに到着。ここで私は、旅の厳しさを肉体で痛感する出来事に遭遇します。

南の灯台を目指し、ウキウキ気分で自転車を借りたものの、坂道の多さにすぐに心が折れました。

「はじめはウキウキだったが、坂の多さにやられ、途中で何度も休む羽目になった。これは地形の問題なのか、俺の体力のなさなのか……。ただ歩いているだけでは足りないと痛感した。」

(2003年8月15日の日記より抜粋)

疲労困憊で、「もう二度と自転車旅行などできないと悟った」と日記に綴っています。旅は精神力だけでなく、純粋な体力が不可欠であることを改めて知りました。

その後、ビーチのベンチでランチを食べ、横になって過ごした時間は、肉体の疲れを癒す「至福のひと時」となりました。

自撮り棒なんて言葉もない時代
カメラは地面に直置きです

🚬 バイロンベイのバッパーで遭遇した「裏の顔」とバックパッカーの決意

旅は進み、次なる目的地は自由な雰囲気で知られるビーチタウン、バイロンベイです。

私が予約していたのは「Arts Factory」というバッパー。ここでは、日本人旅行者のコージくん(仮名)たちと出会い、濃密な交流が始まります。

ある夜、彼らと「Happy House」と呼ばれる、正規ではないバッパーへ遊びに行った時のことです。

そこは様々な国の旅人が集まる場所でした。その空間では、マリファナ(大麻)を指すスラングが日常的に飛び交い、薬物がカジュアルに扱われている、という異様な光景を目の当たりにしました。

「初めは『ボン』だの『ガンジャ』だの『ハイドロ』だの、よくわからない言葉が飛び交っていたが、それはマリファナのことだった。」

(2003年8月19日の日記より抜粋)

好奇心はあったものの、私は一歩引いて、その様子を観察しました。

「そういうことが思っていたより日常にありふれている現実と、キマった人たち、そういう人たちの集まる雰囲気全てが新鮮で、刺激的な経験だった。」

(2003年8月19日の日記より抜粋)

私は、「違法なものには手を出さない」という自分の中の決意を貫き通しました。自由とは、無法地帯に身を置くことではなく、誘惑に負けずに自分の道徳観を保つことなのだと痛感した夜でした。

旅は始まったばかり。この刺激的な出会いと葛藤を胸に、私は次の街へと向かいます。


➡️ Next:青春を賭けた物語は、束の間の安らぎへ

バイロンベイでの刺激的な経験を終えた私を待っていたのは、束の間の安らぎでした。

次回は、「旅の疲れを癒す休息」と「コミュニケーションの壁」にフォーカスします。

  • サーファーズパラダイスでの、ホストファミリーの温かい親戚の家
  • 土ボタルが放つ、プラネタリウムのような光の感動。
  • そして、英語が通じない悔しさに打ちひしがれた、世界遺産フレーザー島ツアーでの苦悩。

次回:【第6話】🌴 サーファーズパラダイスの温もりと、フレーザー島ツアーで感じた英語の壁

お読みいただきありがとうございました。
この「青春を賭けた大陸横断」の全物語は、こちらの連載全目次からお楽しみいただけます。

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