深く、青い記憶の瞬き

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2003年、クイーンズランド州バンダーバーグ。私がダイビングライセンス取得のために滞在していたこの街は、青い海と広大なサトウキビ畑が印象的な場所だった。ライセンス講習の日々は、知識の詰め込みと、機材の扱いに慣れるための練習の連続だったが、何よりも私を魅了したのは、水中の世界そのものだった。

初めて海中に足を踏み入れたとき、そこには想像を遥かに超える静寂と色彩が広がっていた。揺らめく光の筋、無数の魚たちが織りなす群れのダンス、そして息をのむほどに鮮やかなサンゴ礁。しかし、この目に焼き付くような光景は、陸上に戻ればたちまち曖昧な記憶へと変わってしまう。言葉で伝えようとしても、その感動の半分も表現できない。もっと「形」として残したい。そんな欲求が、日を追うごとに募っていった。

だが、当時の私にとって、防水ケースに入れた本格的な水中カメラは、高価で手が出ない代物だった。それに、繊細な機材を扱うスキルも経験もなかった。

そんな時、町の小さなスーパーマーケットの片隅で見つけたのが、プラスチックの筐体に収められた、使い捨ての水中カメラだった。

それは、フィルムを巻き上げ、ボタンを押すだけのシンプルな仕組み。シャッタースピードも絞りも、何もかもがオートだった。本格的なダイビングギアとは程遠い、おもちゃのような存在。しかし、水深10メートルまで耐えられるという表示は、私の潜る深度には十分だった。何よりも、もし失くしても、もし壊しても、精神的なダメージが少ないという安心感があった。

インストラクターの許可を得て、その小さなカメラをBCDのポケットに忍ばせ、いざ水中へ。ファインダー越しに見える世界は、思ったよりも狭く、そして少しぼんやりとしていた。焦点を合わせることも、光の加減を調整することもできない。ただ、目の前を通り過ぎる魚の群れや、広がるサンゴ礁に向けて、ひたすらシャッターボタンを押し続けた。

潜水中は、常に空気の残量と深度、そしてバディとの位置を確認しなければならない。そんな緊張感の中で、たった数秒の「撮影」という行為は、私にとってわずかな心の遊びだった。しかし、そのおもちゃのようなカメラが、水中の神秘を切り取ってくれるかもしれないという期待が、私を何度もシャッターへと向かわせた。

すべてのフィルムを使い切ってバンダーバーグを後にし、現像に出した写真を受け取ったとき、そこにはいくつかの「奇跡」が写っていた。青く濁ったものや、手ブレしたもの、ピントが合っていないものも多かったが、それでも、あの時、確かに私がこの目で見た光景が、そこに凝縮されていた。

船の上からでは決して見ることのできなかった、深い青の世界。安物のカメラが切り取ったその断片は、言葉では伝えきれない感動の記憶を、鮮やかな「形」として私の中に残してくれた。高価な機材がなくても、あの時の好奇心と、一枚のプラスチックの箱が、私だけの水中世界を記録してくれたのだ。

旅の舞台裏

ダイビング中の水中での写真撮影は、今と昔では大きく状況が異なっているジャンルではないでしょうか。

近年ではGoProや、スマホを防水ケースで覆って持ち込むなどが主流なようです。またライセンス取得時などでも、水中写真撮影サービスなんかが付いていて、昔ほど水中撮影のハードルは高くないと思われます。

当時は水中でも使用できる、防水を施した使い捨てカメラが一般的でした。本体の購入、現像の費用など、どうしても高くついてしまうのですが、他に選択肢もありませんし、最悪無くなったり壊れたりしても、リスクが最小限になるというメリットもありました。

また、現像しないと何がどのように写っているかがわからないという、ある種の楽しみもあります。思っていたように撮れていたら感動ですし、さらに思っている以上に綺麗に撮れていた場合などは、もっとテンションが上がります。

一方でうまく撮れていないリスクも当然ながら存在し、また現像した写真は持ち歩かなければならず、かさばってしまうことも悩みの種ではありました。実際に当時撮影した写真が、現在どこにあるのか見当たらず、引き続き探索中です。。

ダイビングはただでさえ貴重な体験ですし、グレートバリアリーフでのダイビングともなると、よほどでない限り、人生に1度きりの思い出です。また写真が見つかったら、是非公開したいと思っています。

ちなみに私のダイビングのダイジェストは、カーテンのようなバラクーダの群れに周りを囲まれ、他の世界と隔離された感覚に陥った、数十秒の記憶です。

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