【第8話】【2003年ワーホリ回顧録】青春を賭けた大陸横断と人生の答え

2003年ワーホリ回顧録|連載記事一覧
世界最古の熱帯雨林をレトロな赤い列車がゆっくりと進む。窓から吹き込む風と、力強い列車の揺れが、旅のリアリティを肌に伝えてくれました。

【必読】物語執筆の背景やコンセプトは👇から

スマホもGPSもなかった時代:2003年ワーホリ回顧録を公開する理由

【第8話】🏝️ ケアンズでのラフティングとパロネラパーク:大陸縦断と格安フライトへの決断

序章:東海岸縦断の終着点ケアンズ:シドニー時代の仲間との再会

2003年10月9日、私は東海岸縦断の最終地点、ケアンズに到着しました。

バンダーバーグのようなファームの街や、バイロンベイのような自由な村とは異なり、ケアンズはとても都会的な印象を受けました。

「都会的な印象を受けたが、やはり人々は温かかった。ここには、シドニーで出会った多くの仲間が集合している。」

(2003年10月9日の日記より抜粋)

ケアンズに着いてすぐに、シドニー時代からの友人のヨシや、ダイビングで一緒だったタカさんたちと再会。ラウンドの旅で離れ離れになっていた仲間たちが、まるで約束したかのようにこの街に集まっていました。

ケアンズでの釣り体験:ユッキーからの「遺産」探しとバッパーでの刺身

再会の喜びの中、私は一時帰国してしまった友人のユッキーが、ケアンズに滞在していた時に使っていた遺産探しを始めます。なんでも「ケアンズの地に俺の遺産を残したから探してくれ」とのこと。何とか苦労の末発見したものは、釣り道具でした。それまであまり興味のなかった釣りでしたが、せっかくなので釣りをやってみたところ、「釣りの楽しさ」に目覚めることになってしまったのです。

残されたヒントを頼りに遺産探し
土地勘なくてホント難しかった

「早速釣りに出かける。ケアンズは夜釣りが最高だと聞いたが、日中でも全然釣れた。」

(2003年10月13日の日記より抜粋)

そこからは、毎日のように釣りをし、他の旅人にもその楽しさを広める「釣りの伝道師」のような存在になっていきました。バッパーのシェアキッチンでさばいて食べる刺身は、宿の仲間たちとの最高の贅沢となりました。(他の外国人たちは白い目でこちらを見ていましたが。。)

今だったらきっと食べようとさえ思わない魚
エサはパン

🏞️ ケアンズの人気アクティビティ:パロネラパークと、雨中の激流ラフティング

ケアンズでは、数々のアクティビティを仲間たちと楽しみました。

1. 「ラピュタの城」パロネラパーク

ヨシやタカさんと共にパロネラパークへ。日本人オーナーによって「ラピュタの城」のモデルとして紹介されるようになったこの場所は、夢とロマンが詰まった場所でした。

「まるで異世界に来たような、不思議な光景だった。巨大なアリ塚も見学し、オーストラリアのスケールに圧倒された。」

(2003年10月15日の日記より抜粋)
パロネラパークです。今も変わらないかな。

2. 雨の中の激流ラフティング

忘れられないのは、雨の中敢行したラフティングです。

バッパーで出会った信頼できる仲間たちとのチームで、激流に挑みました。

「雨で寒かったが、それ以上に楽しさが勝った。激流を下り、全員でボートから落ちるというハプニングも。あれこそ青春だった。」

(2003年10月20日の日記より抜粋)

体を動かし、仲間と笑い合う時間は、過酷なファームジョブや孤独な旅で溜まった疲れを吹き飛ばしてくれました。


🛫 大陸縦断の計画変更:バス満席でダーウィンへの格安フライトを決断

東海岸の旅は順調でしたが、終盤で大きな計画変更を迫られます。

次の目的地、ダーウィンまでの移動手段であるバスが、なんと満席で取れなかったのです。

「チケット屋の女の子に満席だと言われ、途方に暮れる。仕方なく『Airで飛ぶ』という選択肢を選んだ。」

(2003年10月25日の日記より抜粋)

当時の私は「貧乏旅行」にこだわり、バスで大陸を横断する予定でしたが、急遽、格安フライトでダーウィンまで飛ぶという決断をしました。

思わぬ出費となりましたが、このフライトのおかげで、ダーウィンでの滞在時間を確保することができ、結果的に次のステップへスムーズに進むことができました。旅は常に、予期せぬ変更の連続です。


🤝 ケアンズ最後の夜:友情と別れの儀式

ケアンズ滞在最終日。それは、東海岸でのワーホリ生活の「総決算」とも言える夜でした。

朝から最後のファンダイブへ出かけ、船酔いに苦しみながらも、ウミガメやナポレオンフィッシュのダイナミックな泳ぎを見て感動。
夢中になりすぎて、一瞬戻る船を見失うハプニングもありましたが、今となっては良い思い出。

そして夜は、仲間たちと最後の食事。夜通し語り明かし、誰もが別れを惜しみました。

「最後の夜、チームYHの仲間4人とダブルベッドで雑魚寝。まるでラストナイトの儀式だった。」

(2003年10月25日の日記より抜粋)

次の目的地はダーウィン。良き仲間に巡り合え、想定より長居することになりましたが、ケアンズの仲間とは一度解散となります。彼らとの再会を胸に誓い、私はケアンズのバッパーを後にしました。

かけがえのない時間を共有できた仲間

➡️ Next:青春を賭けた物語は、いよいよ大陸最北のサバイバルへ

東海岸で多くの試練と達成感を味わった私ですが、旅はまだ終わりません。飛行機で大陸を横断し、西海岸の玄関口、ダーウィンへと向かいます。

ケアンズまでの道のりとは比べ物にならないほど、ワイルドで過酷な旅が待ち受けていました。

  • 孤独なリフト(相乗り)探しと、仲間との再会。
  • 荒涼とした大地でのカヌーや命がけの滝への飛び込み
  • そして、オーストラリアの厳しさを知るカンガルー事故と、命の選択

次回:【第9話】ダーウィンから大陸縦断へ:カンガルー事故リッチフィールドNPサバイバル

お読みいただきありがとうございました。
この「青春を賭けた大陸横断」の全物語は、こちらの連載全目次からお楽しみいただけます。

【2003年ワーホリ回顧録】青春を賭けた大陸横断と人生の答え

「ショートストーリー一覧へ」

コメント