静かな音を立てる真鍮

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夜のドミトリーは、多国籍な寝息と、かすかな乾燥した風の音が混じり合う場所だった。オーストラリアの旅を続けて数ヶ月が経ち、バックパック一つで移動する生活にも慣れてきた頃、私の宿選びの基準は「安さ」と「共有キッチンの広さ」に絞られていた。

その日の宿は、南オーストラリア州の小さな町にある、古い石造りの建物だった。案内された部屋には、使い込まれたスチール製の二段ベッドが四つ並んでいる。壁際に備え付けられた木製のロッカーは、扉が少しだけ歪んでいて、閉めるたびに乾いた音を立てた。

荷物を整理していると、ロッカーに鍵が付いていないことに気づいた。掛け金はあるが、そこを通すための錠前がない。パスポートや予備の現金、そして毎晩の独白を綴ったノート。それらをバックパックに入れたままベッドの下に置くのは、少しだけ不用心な気がした。誰かを疑いたいわけではない。けれど、自分の持ち物を管理できるのは自分だけだという事実は、異国の地で過ごす上での静かな境界線のようなものだった。

私はサブバッグのポケットから、重みのある小さな塊を取り出した。
高校時代から使っているアイテムで、少ない情報からあると便利と聞いていたモノ。

それは、手のひらに収まるほどのシンプルな南京錠 だった。鍵穴に鍵を差し込み、回す。カチリ、という無機質な手応えが指先に伝わる。その小さな反応が、異国の生活においては奇妙なほどの安堵感をもたらしてくれた。

ロッカーの掛け金にそれを通し、しっかりと閉じる。物理的な拒絶ではなく、自分自身の安心を確保するための儀式のようなものだった。鍵をポケットに入れ、共有スペースへと向かう。部屋を出る時の足取りは、ほんのわずかだけ軽くなっていた。

旅の間、その錠前が実際に誰かの侵入を防いだのかどうかは分からない。結局、一度もトラブルに遭うことはなかったからだ。それでも、あの小さな真鍮の塊が私の荷物を守り、同時に私の心の一部を守っていたのは間違いない。あってよかったと思う。なかったら、見知らぬ街の散策をもっと急ぎ足で切り上げていたかもしれない。

旅の舞台裏

南京錠でなくても、カギは至る所で役に立ちました。

スーツケースであれば、別途カギを用意する必要はないですが、私は元々3Wayバッグで渡豪しました。そのためカギはついておらず、チャックとチャックを止めるようにして、口を閉じていました。バッグはナイロン製だったので、ナイフで割かれたら元も子もないなと思ったのは後々気づいたのですが。

ホームステイやシェアハウスでの滞在中、またドミトリーでの生活時は特にカギをかけるようにしていました。実際慣れてくると、その作業も煩わしくなってくるのですが、実際にモノを盗られたり、無くなったりしたという友人の話も度々あったので、その都度思い直して意識するようにしていました。

またテント泊の場合なども、その場を離れる際などには、入り口のチャックとチャックを閉じておけると、幾分安心します。多目的な用途を考えると、南京錠よりも、ワイヤーロックの方が軽いし、汎用性が高くて良い気がします。ダイヤル式だと鍵の紛失リスクを回避できます。

これも後日談ですが、テント泊の際にバッグを広げっぱなしにしていたら、野生のワラビーに食料や調味料を食い散らかされて、凹んだ記憶が今でも残っています。。

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