2003年、シドニー。語学学校に通いながら過ごしていたホームステイ先での生活は、新しい発見に満ちていたけれど、同時にいくつかの「家のルール」に戸惑う日々でもあった。中でも一番の悩みは、洗濯だった。
ホームステイ先の洗濯機を使わせてもらえるのは、週に二回だけと決まっていた。節水を重んじるオーストラリアの家庭では珍しくないルールだったが、持ち合わせの服が少ない私にとって、三日分の着替えを溜め込むのは現実的ではなかった。特に、学校の帰りにビーチへ寄ったり、街を歩き回ったりして汗をかいた日は、どうしてもその日のうちに汚れを落としたかった。
結局、私は毎晩のシャワータイムを「洗濯の時間」に充てることにした。
裸のまま、足元にその日着ていた服を広げ、シャワーの熱い湯を浴びながら一緒に洗う。それが私のシドニーでの日課になった。石鹸の泡をつけ、足で踏んだり手で強く揉んだりしながら、一日の汚れを強引に洗い流す。浴室のタイルに叩きつけるようにして水を絞り、限られたスペースに干す。そんな雑で過酷な洗濯の繰り返しに、日本から持ってきたお気に入りのデザインの服たちは、みるみるうちに悲鳴を上げ始めた。首元がヨレ、生地が痩せ、どこか頼りない姿に変わっていく。
そんな中で、驚くほどの平然とした顔で私の肌に残り続けたのが、街の土産物屋で手に入れた一枚のTシャツだった。
胸元には、デフォルメされたサメのイラスト。最初はただの着替えの補充として、安さにつられて買ったものだった。だが、この一着が予想に反して、私の生活の軸になっていった。
特筆すべきは、その「タフさ」だった。毎晩のようにシャワー室で揉み洗いされ、力任せに絞られても、そのTシャツだけは襟元が伸びることもなく、生地の厚みを保ち続けていた。少し厚手の素材だったせいか、形が崩れにくい。
日本から持ってきた「お気に入りの服」が次々と脱落していく中で、そのサメのイラストのTシャツだけは、買ったときと変わらない凛とした姿で、私のクローゼットの特等席を占めるようになった。週二回の洗濯機を待たずとも、自分自身と一緒に洗い、共に乾く。その機能性こそが、当時の不自由な生活の中で、何よりも心強い味方だった。
ケアンズへの旅に出る準備を整えていたとき、私は迷わずそのTシャツをバックパックの一番上に置いた。それは、シドニーの狭いバスルームで毎晩繰り返した「儀式」を耐え抜いた、最も信頼できる相棒になっていた。
旅の舞台裏
Tシャツは消耗品ですが、タフであることは当時条件の一つでした。
速乾性のある素材は今や必要最低条件かもしれません。ただ当時はそんな言葉は記憶になく、綿素材でタフなモノと、襟付きのナイロン素材の乾きやすいモノ、そして日本から持って行ったややデザインが気に入っているモノの3枚を回転させて使っていた記憶があります。
これら3枚は当然のようにヘビーローテーションだったので、ツールではありますが、戦友だと思っています。今でもどんなモノであったのか、どんな手触りだったのかを思い出せるほどの愛着をもっていました。
その中の一つが、サメのイラストのついた、土産屋で買ったTシャツでした。中でも最も活躍し、写真の中にもよく登場しています。
当時の名残か、今でもTシャツを買うとき、素材が薄いモノは敬遠しがちです。元々おしゃれにあまり興味がない性分であることもあり、判断基準は記事の厚さです。なのでユニクロのシンプルなTシャツは今でも手に取りがちです。
旅に特化せず街での生活もありますので、機能性だけに捉われないTシャツも当然あるにこしたことはないですよ。


コメント