七日目のレンズ

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2003年11月、アウトバックの真ん中。私たちの四駆は、赤土の大地をまっすぐ貫く一本のハイウェイを淡々と進んでいた。窓の外に広がるのは、乾ききった空気と、どこまでも続く荒野。そんな景色の中で、私の視界を支えていたのは、ちっぽけな「コンタクトレンズ」だった。

旅の準備をしていた頃、私はひとつ大きな見落としをしていた。使い捨ての1dayレンズを持ってきてはいたが、数ヶ月の放浪生活を支えるには、正直なところ枚数が足りなかった。1dayとして使い続けていては、いつかストックが尽きる。だから気づけば、本来その日に捨てるべきレンズを洗浄液につけて、翌日も使い回すことが日常になっていた。

西オーストラリアの荒野では、次に物資を補給できる場所が数百キロ先ということも珍しくない。手持ちのストックを慎重に使わなければ、目の前の絶景も、ぼんやりとした景色に変わってしまう。そんな状況で、私はある「禁じ手」を日常にしてしまっていた。

本来ならその日のうちに捨てるべき1dayレンズを、夜になると小さなケースに少量の洗浄液を入れて沈めていた。

砂漠の夜は驚くほど冷える。懐中電灯の心許ない光を頼りに、指先の感覚だけでレンズを外す。限られた洗浄液をケースに注ぎ、使い捨てのはずのレンズをそこにつける。ルール違反だと分かってはいたが、当時の私には、そうして寿命を延ばす以外に選択肢がなかった。

一晩、また一晩。それでも、使い捨てのはずのレンズは、一週間の再利用に耐えてくれた。朝、砂埃の舞う中でケースを開け、レンズを瞳に戻す。わずかな違和感のあと、視界は再びパースへと続く地平線を映し出した。洗浄液のボトルが少しずつ軽くなる不安と、ストックが尽きる焦り。その間で揺れながら、私は毎晩、小さなケースに明日の視界をそっと預けていた。

不衛生だと言われればそれまでだし、今の自分なら絶対に勧めない。それでも、あの乾いた風の中で、真っ赤な夕陽や野生のカンガルーの姿をしっかりと心に刻むことができたのは、あの”七日目のレンズ”のおかげだった。

パースの街にたどり着き、最後の洗浄液のボトルをゴミ箱に放り込んだとき、私の視界はまだ澄んだままだった。バックパックに生まれた少しの空白と、ようやくレンズを捨てられる安堵感。あの小さなケースは、間違いなく私の旅を「目元」から支えてくれていた。

旅の舞台裏

視力の悪い私にとって、コンタクトレンズの管理はとても大きな課題でした。眼鏡で過ごす日々も多々ありましたが、やはりアクティブに活動する際にはコンタクトレンズは必需品なので、朝一番でコンタクトを目に入れる作業が、日常のルーティンでした。

当時は今以上に現地の情報が無く、また処方箋がないとコンタクトを購入できなかった時代で、果たして現地でコンセントが購入できるのかという不安がありました。そのため予め1年分(といっても1dayで3ヶ月間分くらい)のコンタクトを日本で購入し、また洗浄液も多めにバックパックに入れて渡豪した記憶があります。

結局現地で洗浄液は同じようなものがあったので購入しましたが、コンタクト自体は日本から持って行ったもので賄いました。次の町まで手持ちでつなぐというより、ワーホリ中は手元にあるコンタクトで乗り切るという想いが当初からあったので、かなり節約して使っていました。ただ褒められた対応ではないので、今だったらもう少し自分の身体を労わると思います。

今ではオンラインで購入できたりするので、状況はだいぶ変わりました。一方で、現地で診察を受けてコンタクトを購入するという体験もそれはそれで面白いと思うので、市街地を拠点にされる方は現地調達もプランに組み込んでみるのも良いかもしれません。

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