境界線の上に落ちる影

ショートストーリー|記事一覧

2003年11月、西オーストラリアの空はどこまでも高く、同時に恐ろしいほどに白んでいた。ジェラルトンからパースへと向かう道中、私はそれまでの旅の記憶を整理するかのように、開け放した窓から入る乾いた風に当たっていた。この頃の私は、長く伸びていた髪をバリカンの最短ミリ数で刈り落とし、頭を丸めていた。

坊主頭というのは、驚くほどに潔い。シャワーを浴びる際も、移動中の身支度も、すべてが簡略化された。しかし、その身軽さと引き換えに直面したのが、オーストラリアの暴力的なまでの直射日光だった。それまでは髪が防波堤となっていたのだと、失って初めて気づかされた。剥き出しになった頭皮に、砂漠の熱線が直接突き刺さる。数分間、車外に出るだけで頭部が熱を持ち、視界がチカチカと歪むような感覚に襲われた。

特に独立国家を自称するハットリバー公国を訪れた際、遮るもののない広大な敷地を歩き回るには、肉体的な限界を感じるほどの熱量だった。肌が焼けるというより、脳が直接炙られているような感覚に近い。日焼け止めを塗るだけでは防げない、物理的な「壁」が必要だった。

そこで私は、バックパックのサイドポケットに突っ込んでいた、使い古した布製の帽子を被ることにした。

それは何の変哲もない、深めの被り心地のものだった。刈り上げたばかりの無防備な頭を、厚手の生地がすっぽりと覆う。ツバが作るわずか数センチの影が、私の視界から刺すような眩しさを取り除き、不快な熱を遮断した。風に飛ばされないよう、時折手で押さえながら砂の上を歩く。直射日光を遮るだけで、これほどまでに思考が明瞭に保てるものかと驚いた。

移動中の車内でも、それは役に立った。助手席に差し込む午後の西日は、どれだけ窓を避けても顔の半分を焼き続ける。帽子を深く被り直し、ツバの角度を調節するだけで、私の中に小さな、しかし確実な静寂が訪れた。汗を吸い込み、砂埃で白茶けたその道具は、私の肌の一部のような存在になっていた。

パースの街に到着し、洗面所の鏡の前に立ったとき、帽子の下から覗く頭皮だけが、日焼けから守られ白く残っていた。あの広大な大地を移動する間、私の集中力を繋ぎ止めていたのは、この小さな布の影だったのだと思う。それがないままにあの乾燥した平原を歩き続けることは、当時の私には不可能だった。

旅の舞台裏

元々帽子をかぶる習慣のなかった私でしたが、シドニー時代の友人が使っていた帽子に憧れ、交渉して譲ってもらいました。POLOのハットです。当時の写真にも写っていますし、未だに手元にあります。(もうだいぶ色あせてしまったので使う機会はありませんが。)

貧乏なワーホリ生活だった私にとって、おしゃれな友人はとても魅力的に映りました。モノを選ばなければいくらでも手に入るのですが、当時の私は、手段としての帽子ではなく、目的としての帽子に憧れていたようです。

旅立つことを友人に告げたとき、餞別にと譲ってもらいました。今思うとお互い生活は厳しいながらも、粋なことをしてくれる仲間が大勢いました。形式上お金は払うけれど、そのお金をそっと私の持ち物に忍ばせて返してくれていたり、思い出の品に寄せ書きをしてプレゼントしてくれたり。
人の気持ちに寄り添い、それを表現できる、心の広い人たちとの交流は今でも胸に刻まれています。

帽子の必要性に触れるのが遅くなりました。
そんな経緯で手にした帽子でしたが、結果として帽子はあって良かったと思います。
それもキャップでなく、ハットという選択肢は正解でしたね。

ご存じの通りオーストラリアの日差しは強いです。基本的に外で活動していることが多かったので、必然日差しの下にいることになります。当然太陽は色んな方向にあるので、特に首の後ろとかが焼けるんですよね。なので、頭を一周するつばのついているハットでよかったです。

コメント